ぐーたん 何とか?
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


 梅雨入りも間近いと言いつつ、いいお日和になれば、瑞々しい新緑のたわわな梢を吹き抜ける風も心地のいい、なかなかに過ごしやすい気候の中。今日はさほどに雲も出ぬまま、よって少々蒸し暑かった昼間の温気ごと、じんわりと暮れてゆく黄昏の迫る頃合い。

 「…おや、いらっしゃいませ。」

 本日は休業ですという看板が下がっているにもかかわらず、そのガラス格子のドアを自然な所作にて開けて入って来た人がおり。細い銀縁の眼鏡に、この“クールビズ推奨”のご時勢でもきっちりとネクタイをし、夏物とはいえ上着もまとった人物は、さりとて…そうそう根っからお堅い性分でもないものか。カウンターに添うて幾つかある止まり木のスツールに腰掛けながら、早速のようにネクタイの結び目へ指を入れて緩めており。

 「今日は車ではないのでな。ジン・トニックをいただこうか。」
 「判りました。」

 頼もしいお返事と同時、既に見越して用意してあったのだろう、カウンターの向こうからひょいと出て来たのは、冷製極薄トマトスライスを綺麗に重ね広げた上へ、オリーブオイルの細い線を前衛的に描いたカルパッチョもどきの一皿と、キュウリとキクラゲを使った酢の物の小鉢。

 「お食事も召し上がってきますか?」
 「それは…どうしたものかな。」

 こちらのご亭の腕を疑っているのじゃあなく、それが証拠に、早速にも箸おきへきちんと置かれてあった箸を手にしておいでの、お医者せんせえだったりし。そんな彼へと、

 「話の内容次第ということだろう?」

 そんなお声が掛けられて。同じカウンターの少し奥向き、先に来ていたらしき知己が、同じような心持ちだと言いたいか、苦笑混じりなお声になった彼なのへ、

 「…判っているなら手っ取り早い。」

 それは品のいい持ち方をした箸の先、キュウリとキクラゲとを丁度いいバランスで摘まみ上げた榊せんせえ。まずはと一口いただく前に、

 「こないだの、Q地下街での乱闘騒ぎは一体何だ。」

 そのキクラゲでもって先客を指差すところが…行儀悪いぞ、兵庫さん。
(苦笑) そしてそして、キクラゲで指差された側はといえば。顎先のお髭も彫の深いお顔にお似合いならば、こちら様もまた、スーツ姿が何とも重厚で精悍な印象を与える、屈強な肢体をなさった壮年殿。大ぶりな手の中に収めたショットグラス、縁廻りだけを指先で支えた手慣れた持ち方が様になっておいでの彼こそは。警視庁捜査一課強行係所属の、それはそれは頼もしい警部補、島田勘兵衛その人であり。ここ、八百萬屋のオーナー、片山五郎兵衛とそれから、やや遅れてやって来た医師の榊兵庫の二人同様、前世の記憶を持ったままの“転生人”という風変わりな存在。しかも、その“前世”というのは、どうやら今いるこの世界とは、時間軸や何やが微妙に斜めにずれた別世界だったらしくって。巨大な要塞を思わす超弩級戦艦が宙空に浮かび、それが率いるやはり巨大な戦闘用アーマノイドとやらが絶対の破壊の限りを尽くすという、SF映画のような様式での大きな戦さが繰り広げられていた世界に生きた、なのに『もののふ』という古風な呼ばれようをしていた“軍人”だった自分たち。時の流れに翻弄され続け、大局の中では単なる駒に過ぎなかった身の上ではあったが、それでも頑迷なまでに信念を貫き、数多の仲間と敵とを持った、それは充実した生きざまを過ごした存在で。その頃の様々な記憶を抱えたまま、今の世紀へ新しい存在として生まれ落ちた彼らは、そんな境遇が同じだった事が引き合う力も生んだのか、この広い地上世界では奇跡とも言えよう再びの邂逅を果たしており。しかもしかも、ただ彼らだけが巡り逢っただけじゃあない。彼らそれぞれが大切だとした、あるいは特別な思い入れを持っていた存在とも、再び至近な間柄として出会った奇跡よ。


  ―― しかもそちらの顔触れにのみ起こっていた、
     共通の“悪戯”、若しくは“手違い”があって


 「手違いとは、よう言うたものよの。」

 くつくつと笑いつつ、可笑しそうに繰り返した勘兵衛だったのへ、

 「誤魔化すな。」

 そんなことなんぞにはぐらかされてたまるかと、あくまでも“現在進行形”のお話に添うての話を進めようとしておいでの兵庫さんが、少々凄んだようなお声を出した。

 「関係者のほとんどが未成年だということでか、
  大きな新聞沙汰にはならなんだようだが。」

 ほんのつい先日、最寄りの繁華街にてちょっとした騒動があった。都心のそれに比べれば単なる快速乗換駅の周辺に開けた小さな街だが、それでも宵や休日以外も結構な人出でにぎわう商業区画の、どちらかといや場末で起きた とある喧嘩沙汰。沿線にあるそれは有名なお嬢様学校へと通う少女らを、根も葉もないネタで恐喝しようと呼び出した与太者らだったが、事前に異変を察知していた警察が、何とか大事に及ぶ前に駆けつけることが出来、難を逃れた…ことになっているけれど。由緒正しいお嬢様学校が関わっているにしては、外聞を考えてのことと完全に揉み消されることもなくの、ここまでの詳細は隠さず伝えられているのが異彩を放っていたこと以上に、

 「真相はこんなもんじゃああるまい。」

 苦々しげに口にした兵庫が言いたいのは、こんな在り来りでお上品な顛末じゃあなかろうという方向への不審であり。それを耳にした途端、カウンターの中でグラスへとそそいだジンとトニックウォーターをかき回していた五郎兵衛が、声は立てずにくすりと苦笑をし。訊かれた当人は当人で、

 「判っているなら聞くまいよ。」

 悪びれもせずの平然と応じる太々しさよ。確かに大変な時代の記憶も持ったままに転生した彼らだったが、今いる世界が比較にならぬほど平和なことへ、張り合いのない生ぬるさを感じるというような不満はない。油断をすれば自分だって殺されかねず、当たり前な日常茶飯として人斬りの刀を振るう、そんな殺伐とした毎日が決して尋常ではないことだという分別も当然あったし。今居るこの世界だとて、物理的な危険のほかにも錯綜した厳しいところを数多抱えている点では、生ぬるいなぞと軽々しいことを言ってもいられぬと知っており。せいぜい、大人としての張りのあり過ぎる日々を送っている彼らだったが、その“ありすぎる”背景の一端になっているのが、他でもない…

 「女子高生だぞ、女子高生。
  それが…選りにも選って乱闘を制し、
  自分たちより倍はいた与太者どもを乱闘の末にねじ伏せたんだぞ?」

 そう。世間へ伏せられたのは、彼ら彼女らがどこの誰なのかという詳細な素性だけじゃあなく、恐喝されかかっていた女学園のか弱きお嬢様がた3人(現場にいたのは4人だったが)の方が圧倒的に強く、ぶつけようであっさり折れてしまいそうな、そんなちょっとした棒のような得物を手に手に、あっさりと相手を伸していた点もだったりし。

 『あらあら、でも蹴倒したのは都合3人だけですわ。』
 『…、…、…。(頷、頷)』

 それに わたしは江威子さんと退避して見ていただけですし。あ〜、それってヘイさんだけお淑やかにしてましたって意味? 違いますって、3人が3人とも暴れたように言われるのは心外だとですね。…得物は山ほど(装備していたくせに)。そうなんですよ、背負ってただけでも重たかったったら……などなどと。事態収拾のおりの事情聴取がどんどんと他愛ないお喋りになってくところだけは、今時の女子高生だったけれど。

 「それを儂だけが非難されるのは心外だが。」
 「事前に七郎次からの報告が行ったそうではないか。」

 結構な地獄耳だの、そなた。久蔵は隠しごとが苦手だからな。ほほぉ、あの寡黙な久蔵殿から根掘り葉掘り聞けるというだけでも大したものだ。さよう、儂では斬るような目で睨まれるのがオチだ。それはお主が、相変わらずに“島田勘兵衛”だからだろうが…じゃあなくてだなっ。

 「話を逸らすなっ。」

 しかも二人掛かりで、枝道のほうへと体よく釣り込まれてしまっていることへは、途中からしっかり気づいていた兵庫だったものの。いちいち受け答えしてしまう律義さが仇となるところが何ともはや。こちらのお三人も十分に“前世”からの相性だの、性格や性分だの、あれやこれやをまんま持ち込み、しかもそれをお互いに飲み込み合っておいでのようであり。医師殿より少しだけ年上の二人は、前世でも協力態勢にあったせいか、それとも泰然とした…大雑把な生きざまが似ていたせいか。瑣末なことへ動じても始まらぬとする態度もどこかで似通っておいでで。片や、特に型通りの生真面目人間ではなかったはずだが、彼らに比すれば几帳面だったということか、それとも…世情の流れにアンテナが利くことと、その割に要領が悪いというか、至らぬ誰ぞのフォローをせねばいられぬ性分は別腹なのか。どう考えても世渡りは彼のほうが上だろに、顔を合わせれば何故だかこういう展開になるのが常な彼らだったりし。

 『覚悟を決めて仲間入りするのが怖いんでしょうかね。』
 『ふ…っ。まだまだ青いですね、兵庫せんせえ。』
 『…、…、…。(頷、頷)』

 至らぬ誰ぞの筆頭だろう誰かさんたちにまで、こういう言われようをされておいでのお医者せんせいだったが、

 「まま、お主が怒るのも判らぬではないさ。」

 馬鹿にしたわけではないので許せと、苦笑とともにやんわり目許を細めた勘兵衛に何とかいなされ。まま確かに、ここに居合わせた顔触れは皆してあのおきゃんな少女らに振り回されている側なのだと思い返すとともに、はぁあという遣る瀬ない吐息をこぼした兵庫でもあり。

 「まったく。何でああも破天荒な行動ばかり起こすのだ、あやつらは。」

 単に、まだ十代の幼さではストッパーがかかりにくいということか? だが、それぞれ一端
(いっぱし)のもののふだった頃の記憶が戻っておるのだ、

 「何を考えておるのだか判りにくい奴だった久蔵はともかく、
  そちらの副官も米侍も、
  言いたいことがあっても空気を読んで押し黙るよな、
  行き届いた大人の心遣いがこなせたと聞くが。」

 褒めているのか、そんな思慮深い個性は何処へ行ったのだと暗に誹謗したいのか。誹謗はさすがに大仰だろうが、それでも…遠き日の彼らには大人なりの分別があった筈が如何したんだろうというのはこちらの壮年らにも通じたようで、

 「まったくだ。」
 「ちょっと目を離せば、
  あっと言う間に突っ走っておるからの。」

 彼女らの裡
(うち)へ前世の記憶が戻ったと同時、人と人の機微や何やへの洞察に、善いか悪いか、是か非かという“二択”しかない子供っぽさがなくなり、より一層の深みが出来たのは間違いない。そうやって、冷静になれる“奥行き”を得たことで、的確な判断が出来るよになった彼女らは、だが。その分 単なる無鉄砲より少しは慎重になった心的成長という変化を、選りにも選って他の部分にも現れているものと誤認しているとしか思えない。

 「平たく言えば、その身まで練れた大人になったと錯覚しておるのが。」
 「そう、そこなのだ。」

 思い出したのは、過去の色々。とんでもない規模と混迷に彩られた“大戦”のさなかにいたことや、目の前にいるお人が、かつての昔 自分とともにあった大切な存在だったことと同じほど、それぞれが結構な練達だったことをも思い出しており、

 「まあ確かに、動作の中へのツボだのコツだの取り戻しはしたのだろうが。」

 思考や思慮の基礎、知識量や経験値が大人並みの許容を得たからと言って、それを遂行運用する身体の方は、相変わらずに十代半ばの女子高生なのに変わりない…というに。たかが青二才や若造相手、他愛ないじゃない楽勝じゃんとばかり、舐めてかかっていないかと思うと。例えば、数で圧
(お)しての一斉に掴みかかられたら? 例えば、今時の卑しくもプライドのない連中に、なりふり構わぬいやらしい手管を繰り出されたら?などなどと思うと………………。

 「何でだ、何で判らぬかっ!」
 「落ち着け、兵庫殿。」

 繊細そうな細い指を、握り潰しそうなほどぎゅうと掴みしめ、カウンターへと拳にしてぐぐうと押しつける医師殿なのを。急な激高はよくないぞと、やはり宥める五郎兵衛へ、

 「とっぴんしゃんな行動もだが、それ以外にも。」

 拳同様、力の入っていた肩をそのままに、沈んだ声で告げたのが。

 「あやつめ、人を木石か何かとでも思うのか。」
 「…………久蔵殿か?」

 一応の念のため、確かめれば、うつむいたままの頭首がこくりと頷き、
 「こちとら、いくら年長だとはいえ、
  相手の成長に気づかぬほど うつけではないというに。」
 ああまで育った姿になったことを、自覚しているやらどうなやら。

 「幼いころとなんら変わらぬ態度のまんま、
  平気で検診を受けにくるのだからな。」

 「おや。」
 「ほほお?」

 それが職務だとは言ってもだ。ちょっとくらいは少女らしく含羞むとか照れるとかしてだな、それへあらためて俺が“こっちは医者だぞ、何を考えておるか”と窘めてという、そんな思春期ならではな段階というか順番というかがあっても良さそうなものだろに、と。恥じらうこともないまま、平気で下着姿をご披露くださるお嬢さんなのが、実は少々困惑のタネでおいでのせんせえだったようで。

 「それを言うなら、ウチなぞは。」

 下着といやあ似たようなもの。さすがに洗濯は自分でしてくれていて助かっておるが、物干し台がオレンジやピンクの小さなそれで満艦飾になっておると、そこを通るのさえ憚られるし、

 「ヘイさんが不在のおりに、急な雨でも降ろうものなら…っ。」

 「おお。」
 「そ、それは…。」

 言われずとも想像は何となくつくらしき あとの二人が、大きな拳をぐぐうと握りしめた甘味の天才、名パティシエ殿へと同情の声を出す。誰ぞかが見ていずとも、そのような華やかなものへみだりに触れるのはさすがに憚られるというところが一致したからか、殊に兵庫殿が感慨深げに何度も頷いてから、

 「…………で、どうしておるのだ。」
 「うむ。これらは部屋着だと自身に言い聞かせて、竿ごと取り込んでいるが。」

 部屋着か、その手があったなぁ。とはいえ、あのような破廉恥な部屋着はやはり困りものではあるが。うむ、そこは判るが、だからと言って まさかにそういう傾向のを着るなとも言えまいよ…と。同じ話題に沸いて(?)いる二人なのへ、

 「…それでも定期的に目にしておれば、
  少なからず“免疫”もつくだろうが。」

 スコッチのオンザロックがそそがれていたらしいグラス、まだ尖っているままな氷を中でからりと転がして、苦々しげな顔はそのせいと言いたげに、ぐいとやや強引に飲み干したらしき警部補殿のお言いようが届き。

 「お…?」
 「そういえば、勘兵衛殿は…。」

 同じように大切だと…いやさ愛おしいと思う対象は、だがだが、こちらの二人とは はっきり言ってまるきり条件が異なる間柄にあり。七郎次は華族の末裔という家柄のご令嬢で、勘兵衛は市井の警察官にすぎず。まま、そういう事情は関係がないと双方ともから排除したとしても、警部補殿が多忙でなかなか逢えぬその上に、

 「今時の流行だというて、
  テニスでも始めたかと思うような短いスカートははくわ、
  襟ぐりの大きく開いたシャツを着て鎖骨を丸出しにしておるわ。」

 「それは初耳だの。」
 「あの美形がそんなことをか?」

 本人への刺激も凄まじかろうが、それより、

 「…ちょっと待て。
  お主ら、普段から例のQ街で待ち合わせておるのだったな。」

 他の男共にもそんな姿を晒しておるのか、あの白百合姫は。おうさ、まじまじと見やる訳にはいかないその上に、そちらも落ち着けぬものだから…などなどと。お髭の警部補、珍しくも穏やかならぬ困惑の内心を口にすると思ったら、兵庫殿が来るまでに結構な量の杯を重ねておいでだったらしくって。親の心、子知らずとは良く言ったものだとか、挑発するつもりはないのかも知れぬが、ならば罪作りなことは止してほしいと言えぬのが歯痒いだとか。切な心持ちを吐露し合う、いい年齢したおじさまたちの愚痴をちりばめた初夏の宵が、静かに更けてゆくのでございました。





   〜Fine〜  11.06.15


  *男性陣の側の本音と言いますか、
   こういう飲み会を催していたら面白かろと思いましてvv
   何たって、あのお転婆さんたちの行状の凄さも、
   そこから生じる苦悩の深さも、
   重々理解し合ってる間柄ですものね。
(笑)

   それにつけても……。
   彼女らのあの跳ねっ返りっぷりは、
   もしかして…進展し無さ過ぎな何かへの、
   不満のはけ口なのかも知れませんぜ?

    「いや、そんなことを言われても。」
    「第一、まだ十六、七のお嬢さんたちが、そこまでは。」

    「………そこって何処だ?」(こらっ)


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めるふぉvv

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